Masuk半年ほど前、カレン(カレン・マーレ・シュライダー侯爵令嬢)は、この占い館へ抱えきれない悩みを相談するために足を運んだ。その時に本物の占い師レダと初めて出会ったのである。
しかし、レダはカレンの顔を見るなり彼女の相談内容も聞かずに自分の弟子にならないかと唐突に提案して来た。
理由を問えば、カレンの未来を円滑にするためだとレダはいう。だが、その今一つ真意の分からない話にカレンは困惑してしまった。
(レダさんは、私に聞かせてはいけない重要な話を避けているのか、あまり詳しく説明してくれない……。だけど、弟子にならないかって話は私に占い師をさせようとしているということだよね?)
ここでレダは、更にカレンへ畳みかける。
「あんたの置かれている状況をあたしは知っている。あたしはこれからあんたが幸せになるための準備をする。だから、入れ替わろうじゃないか!!」
「入れ替わる?」
(レダさんの弟子になって修行するのではなく、レダさんと入れ替わる? それって……)
「ああ、あたしがあんたの悩みを解決してやるよ。いや、この提案はあたしにも十分な利があるんだ。遠慮はいらない」
こんな無茶な提案、普通のご令嬢なら間違いなく断るだろう。だが、カレンはレダの提案を真剣に受け止め、どうすべきかを考えた。
(正直なところ、あの人たちがいる屋敷にはもう戻りたくないわ。レダさんが、私の代わりに屋敷へ戻って、あの人たちをどうにかしてくれるのなら任せてみる?―――だって、私にはこの状況を打破する気力も体力も、もう残っていないもの)
この時、カレンはもう限界だった。何が原因かと言えば、父であるシュライダー侯爵が一年前に後妻として迎えたレベッカとその連れ子エマからの激しい嫌がらせを受けていたからである。
持ち物を奪われたり、罵られたりすることは日常茶飯事。その上、義妹エマはカレンの友達の茶会へ勝手に参加し、その高飛車な態度で度々揉め事を起こしていた。
もちろん、エマは反省などせず、自分の主張ばかりを繰り返す。それでいて、先方へお詫びはカレンに押し付けてくるのだから、最悪だ。
(『お前の母親以外と結婚をすることなど絶対にない』と、あんなに頑なだったお父様が、急に再婚するって言い出しただけでも驚いたのに。まさか、あんな人たちが家族になるなんて……。―――それでも、彼女たちは貴族生活に慣れていないだけと思ってやり過ごしていたわ。だけど、流石にあの一連の事件は許せない!! あー、もう無理。顔も見たくないし、同じ空間にいるだけでも嫌だわ)
一連の事件とは、半年前にカレンとその婚約者であるこの国の第一皇子アルフレッドの婚約がいきなり白紙に戻されるという事件から始まった一連の騒動のことである。
一般的に、貴族同志の婚約は政略的なものが多く、当人たちの仲が冷め切っているということも良くある。しかし、カレンと第一皇子アルフレッドはわずか五歳で婚約を結んだ後、小さな恋が芽生え、それを大切に育んで来た。
だが、それをしたたかな義母レベッカは見逃さなかった。
『屋敷に侵入した賊にカレンが辱めを受けた為、皇家には嫁げなくなってしまった』
レベッカは自ら作り上げたデマを皇都の貴族たちへと流し、義理の娘を想って涙を流す母親役を見事に演じ切ったのである。
この醜聞を知った皇家は、カレンに事実の確認することもなく婚約破棄を伝えて来た。
カレンはアルフレッドへ真実を話す為、何度も登城したが、結局、一度も取り次いでもらえなかった。今まで仲良くしてくれていた皇宮の護衛達も手のひらを返したように、カレンを注意人物として扱ってきたのである。
またカレンは友人たちに助けを求めた。だが、辱めを受けたご令嬢とは付き合わせたくないという親の意向で、彼女たちとも面会することすら叶わない。
そして、更に追い打ちをかける発表が皇家から出される。それは第一皇子アルフレッドの新しい婚約者にカレンの異父妹エマが内定したというものだった。
この一連の事件によって、義母レベッカと義妹エマに何もかもを奪われ、傷心に耐えかねたカレンは家を飛び出し、この占いの館へ向かったのである。
「レダさん、私はもうこれからどうしたら良いのかも分からないのです。入れ替わりでも何でも受け入れます」
「ああ、心配はいらない。私はあの女に少しばかりお見舞いしてやりたくてね。あんたの純粋な恋心の仕返しも一緒にしてやるよ。楽しみにしておいてくれ」
レダは指をパチンと一度鳴らし、目深に被っていたフードを取った。
「レダさん、その姿……」
「面倒なことにならないためにも、順番は守りたいわね」 無意識のうちに心の声が外に出てしまった。 アルフレッドはピクッと眉を揺らす。「順番!? 何の順番だ?」 彼は小さな声でぼやく。 アルフレッドは判断がつかなかったのである。 カレンの言う順番が子供を産む順番なのか、はたまた男女の仲に関する順番なのか……。 少し考えてみたが答えは出ない。 諦めたアルフレッドはカレンに本音を伝える。「―――子供の件はレダたちの子が産まれた後でも構わない。だが、俺はカレンと寝たい。そろそろ覚悟を決めてくれ」(覚悟決めてくれだなんて、大げさね~)「いいわ、覚悟を決めてあげる」「えっ!? 本当に」 目を大きく見開くアルフレッド。 これまでの道のりの長さが彼の胸を熱くする。 カレンが病に伏したと聞いて案じていたら、ニコラス(皇帝)がいきなり彼女との婚約を破棄し、程なく別の女が急に婚約者になった。しかも、その女はカレンの継母の連れ子だというのだから、意味が分からない。 国政も乱れ始め、軍の仕事が増えた。 カレンに会いたいのに会えない日々が続く。 ある日、貴族たちが悪巧みをしていることに気付いた。シュライダー侯爵の勢力が気に入らない彼らは愚かな計画を進めていたのだ。 アルフレッドに媚薬を盛る。 こんなおバカな計画で相手の足を掬おうとしているのかとアルフレッドは呆れた。 彼が罠に嵌ることにしたのはシュライダー侯爵家を守るためではない。おバカな家門が倒れると継母の勢力が増してしまうからだ。 その結果、カレンと再会することが出来た。 だが、彼女は心を傷つけられて、ボロボロになっていて……。 アルフレッドは自分に腹が立った。なぜ、もっと早く動かなかったのだと
シュライダー侯爵家の屋敷はニルス帝国の重鎮らしく、広大な敷地の中にある。 森、湖、庭園が三つ。建物も本館の他、別館が五つ。別館は国賓をもてなす宿として使われることも珍しくない。 以前、アウローラが泊めてもらったと言っていた職員の寮も本館の東側にある。 二人を正面玄関で出迎えたのはポートウェルだった。今日も丸い眼鏡をかけている。「お帰りなさいませ、レダ様、カレン様」 彼は古参の執事のように慣れた所作で二人を出迎えた。「ただいま、ポ~ちゃん」(ポ~ちゃん!?) レダはポートウェルに近づいて、チークキスをする。(何なの、このタダならぬ雰囲気は……)「カレン様もしますか?」 ポートウェルは自身の頬を指差して、カレンに問う。「―――遠慮しておきます」 カレンは両頬を手で押さえて拒絶した。「うん、アルは嫉妬深そうだから、私もこれ以上無理強いするのは止めておこう」 ポートウェルはレダの帽子を預かりながら、ぼやく。「ポ~ちゃん、応接室に全員集めてくれないかい」「承知しました」(全員? まさか、歴代の皇帝陛下のことではないわよね……) カレンの予想は大当たりだった。 応接室には歴代の皇帝たちがズラリと並んでいる。使用人の服を着て……。 どうしてこういうことになっているのか? それは今後、シュライダー侯爵邸が聖獣(歴代皇帝たち)のアジトとして使用されることになったからだ。 それに伴い、レダは聖獣たちに任務の無い時は使用人の仕事をしろと命じた。 この話を聞いたニコラスは歴代皇帝たちを気遣って、皇宮からハース一族(代々、皇宮の使用人をし
ある日の昼下がり。「カレン、これから、シュライダー侯爵邸に行こう」「え?」「もう客も来ないだろうし……」(レダさんから屋敷に行こうと誘われるなんて……、どうしたのかしら?) カレンは疑問を感じつつ、特に断る理由もなかったので「わかりました」と答えた。♢♢♢♢♢♢♢ 黒いローブ姿を脱いで、二人は外出の用意をする。 レダは水色のワンピースを着て、つばの広い帽子を被り、カレンはレモン色のワンピースを着て、白いレースのカチューシャを付けた。「用意出来ました~」「では、出発しよう」 レダは店の玄関の方へ歩いて行く。「レダさん、もしかして歩いて行くのですか?」「そうだよ。たまにはいいだろう?」(屋敷までの道のりを歩いていくなんて『レダの家』に駆け込んだ時以来だわ。あの時は逆向きだったけど……)「分かりました」―――外に出ると想像以上に日差しが強かった。。 カレンはレダのように帽子を被って来れば良かった……と早くも後悔する。「お天気がいいですね~」「ああ、ヤドリギ横丁の白壁が映えるね~」 海を望む高台にあるヤドリギ横丁は白壁の建物が多い。そのため、海の青、空の青にとても映える。 二人は横丁にひしめく小さなお店のショーウィンドウを眺めながら歩いていた。 ガラスの店、刺繍の店、アイスクリームショップ、靴屋さん、ベーカリーショップ……等々、素敵な店が建ち並んでいて、カレンは見ているだけで、胸が躍る。「レダさん、ここにはいろいろなお店が集まっているのですね~」「そうだね、ここはニルス帝国の始まりの地なんだよ。昔から、人が集まって、店も沢山あったんだ」「そうなのですね」(始まりの地……、レダさんはずっとこの国
二人の疑問はすぐにマーガレットが解決してくれた。 「皇子殿下、アデンの丘で素敵なプロポーズをしたらしいね~。上手く行って良かったね~!」 彼女の言葉を皮切りに「プロポーズで新聞の一面を飾るとはな~」、「皇子殿下もプロポーズをするんだな」、「俺も惚れてしまったぜ!」、「断られてたら、凹んでた?」など、好き勝手な言葉が飛び交う。 (まさか、ここでプロポーズの話が出てくるなんて……) 「アル、私達も皆さんにお礼を言った方がいいかな?」 カレンは場が盛り上がっている間にアルフレッドへ小声でこっそりと尋ねる。 「ああ、そうだな」 二人は目深に被っていたフードを後ろに下げて、顔を出した。 「うぉ~~~~~~、天使!! 天使が降臨した!!」 「皇子殿下も相変わらず麗しいわね~」 「悔しい~!!」 (悔しい?) 「私も二十歳若かったら~!」 「いや、若くても無理だろ!」 (あの~、ええっと……) 「俺はカレン様が三十歳年上でもイケる!」 「お前は選ばれね~よ」 (何なの!? このノリは……) カレンは隣に立っているアルフレッドの方をチラリと見た。 「えっ!?」 彼は口元を押さえて、目を潤ませている。 「アル、ど、どうしたの?」 「ん、いや、ここまで長い道のりだったと……」 「あっら~、皇子殿下はカレンちゃんにベタ惚れだったのかい! いい返事がもらえて良かったね~、本当に!!」 マーガレットは相手が皇子ということも気にせず、アルフレッドの肩をバシバシ叩く。 「マーガレットさん!!」 カレンが止めに入ったところで、美貌の皇子の目じりから一筋の涙が零れ落ちた。 場は水を打ったようにシンと静まり返る。 そして……。 「うううっ、皇子殿下!! まじで頑張ったんだな!」 (は!? 泣いてる……) 「俺たちも、もっと頑張ろうぜ!!!」 「かわいい子が沢山産まれるように祈ってるぜ!」 「皇子も努力してるんだな」 「俺たちも、もっと努力しようぜ!」 次々にお客の男性陣がアルフレッドに声を掛けていく。 (この雰囲気は何なのよ。まるで私がアルを弄んでいたみたいじゃない。本当は違うのに!) カレンだって、義妹エマにアルフレッドを取られて辛かった。 身も心もボロボロになってしまうくらいに……。 あの夜、ア
「お宿ウミネコの角を右に入って、二軒目だったか?」「ん~、そうです」 カレンは手元のメモを確認して答えた。 今、カレンとアルフレッドはヤドリギ横丁を歩いている。 朝一で本日のランチメニューを占いに来たマーガレットが見習い占い師のカレン(今日はレダが占っていた)に『今日の正午に皇子殿下と一緒に店まで来て欲しい』とお願いしたからだ。(レダさんの後ろに黙って立っていたら、いきなり『カレンちゃん~』って、話しかけてきたからビックリしたわ。しかも、アルを連れて来て欲しいだなんて……) マーガレットはアルフレッド皇子がレダの家に入り浸っているのを知っている。 とはいえ、レダがいる前でカレンにお願い事をして来るのは初めてのこと。 なぜ、店に呼び出されたのか。理由もさっぱり分からない。(レダさんは『行ってらっしゃい~』と笑って送り出してくれたけど……。今回の呼び出しには裏がありそうで怖いわ。マーガレットさんって、フワッと糸口を掴んで来る性質があるらしいし……) 実際のところ、厄介事が起こるときは大抵マーガレットが先触れのような話題を出してくる。 レダはそれを上手く活用しているのだが、カレンは……。(私は深読みするのを忘れて、おしゃべりを楽しんでしまうからダメなのよね~。無駄話を一切しないレダさんのような占い師には一生なれなさそう……)「カレン、あれじゃないか? ほら、看板に……」 お宿ウミネコの角を曲がったところで、アルフレッドが一枚の看板を指差した。『ビストロ・ソレイユ』 白壁のお店にターコイズブルーの看板。白い筆記体で書かれた文字がとてもお洒落だ。「うん、あのお店で間違いなさそう」「あのご婦人……、実在していたんだな……」「?」 カレンは
眺めの良いアデンの丘は夜景の時間だけでなく、お昼も人が多い。「レダ、カフェ・ロッソでお茶でも飲もう」「いいね~。いつ振りだろう」 カールの誘いに乗るレダ。 カフェ・ロッソは昔からアデンの丘にあるお店で、看板メニューはカプチーノとシナモンロールだ。「あ、良い席が空いてる!」 レダは丘の先端に突き出している席を指さした。「急ごう!」 他の人に席を奪われないように二人は急ぎ足で店に入っていく。♢♢♢♢♢♢♢ 皇宮はアデンの丘の向かい側の大きな岩場の上に立っている。そのため、顔を上げるだけで視界に入ってしまう。「ニックは今日も忙しいのかい?」「ああ、しばらく居なかったからね~」 カールは核心を避けて話す。「他国と変な取り決めをしてしまったのを白紙に戻す交渉だけで、数年も掛かりそうだ」「あ~、それは大変だね~」 ニックこと皇帝ニコラスはシュライダー侯爵家に入り込んでいた大魔女ジェシカの手で一年半、深い眠りについていた。 その間の執務は身代わり人形が好き勝手にしていたため、かなり深刻な状態になっているのだという。「アルフレッドが居ても、手が足りなさそうだからね~」 レダは呟きながら、コーヒーカップに手をのばす。 大きな葉っぱのラテアートが施されていて、可愛い。「レダ……」「ん?」「殿下のことを買いかぶり過ぎじゃないか?」「はぁ?」 レダは素っ頓狂な声を出してしまった。「買いかぶり? どういうこと?」 レダは眉を顰める。 今はオフなのでフードは被っていない。風に撫でられて、美しい金色の髪がたなびいている。「部屋を用意したり、手料理を振舞ったりしたことが気に入らないのか?」「違う。殿下は仕事も早いし、気配りもしっかりとしている。とはいえ、大魔女の君が彼を頼る必要はないだろう」
「そうかい。それじゃ、あんたもいつかは死ぬってことだね」 何となく、話が不穏な方向になって来て、カレンはハラハラしてしまう。 いつも朗らかなマーガレットの口から『死ぬ』という言葉が出て来たからである。「ええ、誰でも最後は死にますから……」 何となく言葉尻を濁してしまう、カレン。 想定外の重い話題など対処し切れない。(早く話題をかえよう。死について語れるほど、私は人生経験もないし) カレンは黒いフードを両手で引っ張って、目深に被り直した。「レダ、勝手にフードを引っ張って悪かったね。あんたに当たるのはお門違いだと分かってはいるんだ。―――実は旦那の調子が悪くてね。もう長くないと医者
いきなりドアが開いた。(うわっ! 誰!?)「昼ご飯を持って来たぞ」 バスケットを抱えたアルフレッドだった。「殿下~。急に入って来るから、ビックリしましたよ。お昼ご飯、ありがとうございます!! ちょうどお腹が空いたな~と思っていたので、最高のタイミングです!!」 カレンは満面の笑みで彼を迎える。こんなに喜んでもらえると思ってなかったアルフレッドは、つい照れ笑いをしてしまう。 それでも、彼はカギを締めるのを忘れない。(ああああっ! カギを……)「私、カギを掛け忘れ
アルフレッドとキュイを見ながら、カレンは考え事をしている。 (キュイの水晶のような瞳と艶のある黒髪、そして美しく均整の取れたお顔って、まるでお人形さんみたい……) カレンがキュイに視線を戻すと、彼女は干しブドウをたっぷりとのせたスプーンを慎重に口へ運んでいた。 (ああ~、本当に可愛いわね!―――ん? あれっ!? あっ、違うっ!! 思い出した!! キュイは正真正銘お人形さんよ!! えっ~、どうして、こんなに大事なことを忘れていたの、私!?) キュイと一緒に過ごしているうちに、頭の中から重要なことがスッポリと抜け落ちてしまっていたようだ。 これは単なる忘却なのか、それとも他の原因
すっかり夜も更け、満月がヤドリギ横丁を明るく照らす。 コンコンとノックの音がした。 見習いのキュイは静かに扉を開く。フードを被ったアルフレッドが立っていた。静かに室内へと促し、扉を閉めてカギを掛ける。「こんばんは、アルフレッドさま。ここへ来ることを誰かに見られたりはしていませんか?」「こんばんは、占い師どの。心配には及ばない。念のため、皇宮の私室からドアの前まで転移してきた」 アルフレッドは被っていたフード付きマントを脱いだ。すると、頭の上に可愛いモフモフの耳が……。「えっー!?」(頭にケモ耳がついてるー!? 殿下にこんな秘密があるなんて、私、全く知らなかったのだけど!? 今







